荒ぶるセカイの歩きかた

なんのために生まれてきたのか?

和尚! 和尚!

人生が辛すぎです!

なんじゃ唐突に。
朝から騒がしいのう。

なんの取柄もなく、
やりたいこともなく、
生きていくことが苦痛でしかなく、
なんのために生まれてきたのかわからないんです。
もう死ぬしかない。。。

うむ。
これはなかなか重症じゃな。

人生というものは、もともと意味なんてものはない。
そこに意味をつけるのが人間じゃ。
ひとは遺伝子をつなぐために生きている。

ひとは人生をまっとうするために生きている。
ひとは死ぬために生きている…
それらはすべて
人間が自らにあたえた意味( 生きがい )じゃ。
生まれながらに決まっていたものではない。

ちと炎上覚悟じゃが、
たとえば、各地で綿々とつづいておる祭ごと。
由緒ある古き連綿とつづいてきた祭りであっても、
はじまりは人間の思い。
その思いを祭りという表現で具現化し、
他のおおくの人の意思がそこに賛同し、
存在意義がうまれることにより
意味あるものとなったのじゃ。
人間が生まれる前からあった祭りなどないのじゃ。

ならば、
その人生に意味をもたすのも、また人間じゃ。
そして、自分に意味をもたせられるのは、
唯一自分の思考をコントロールできる
おのれ自身だけじゃ。

なるほど??
じゃあ、具体的に一体どうすればいいのでしょうか?

あらたま君:な、

ひとつあるのは「 やりたいことをやる 」じゃな。

やりたいことですか、、
でもやりたいこと自体がわからないんです。
みつからないんです。。

コツは、自分が楽しいこと心地よいことに
フォーカスし、些細なことでも極力抑制せず、
自分の意思のもとで責任をもってやることじゃ。

やりたいこと楽しいことを抑圧するのが
習慣になってしまうと、
脳がマヒし「いったい自分はなにがやりたいのだろう?」と
わかならくなるものじゃ。

やりたいことがわかならくなれば
自分はいったい何のために生きているのだろうと
悲観してしまうじゃろう。

人生がつらく苦しい毎日でも、
99 %が苦痛にまみれた人生であっても、
その 1 %の「 たのしい 」に
フォーカスするのじゃ。

おなじ事柄でも、
それを見る人間の立場や考えかたによって解釈は、
良くも悪くもなる。

いいことを考えたら気持ちいい思いになり。
わるいこと考えたら嫌な気持ちになる。
ならば、いいことを考えたほうが得じゃろう。
バカになるのじゃ。

おかれた環境や他人は制御できるものではない。
しかし、自分の考えかたは、
自分の気持ちひとつでコントロールできるものじゃ。
その意味では、人間はうまれもって完璧な存在なのじゃ。
自分は自分自身にとっては、最高の支配者なのじゃ。

でも、その気持ちのコントロールができないです。いつもマイナス思考に考えてしまって、、

人はよわく、怠惰な生きものじゃ。
モチベーションを維持するためには、
気持ちを奮い立たせてくれるテクニックも必要じゃ。
そして、疲れたら休むことも必要じゃ。

心と体、脳は一体じゃ。
考えたことを実現するために頭をつかい、
体を動かすように、
体を動かすことによって、
脳がはたらき、
心の意図を実現する。
筋トレやランニングなんてよいぞ。
なにより金がかからん。

ちがうんです! 
ボクのやりたいことは、
なにもやりたくないこと がやりたいことなんです。。
そう虚無( 死 )なんです。。

ではなせ悩む? 
なぜ、つらいと考える? 
本当にやりたいことをやっている人間が
うまくいかないと悩むものか?

人生がうまく行かない、
つらく苦しいというのは、
もっとうまく生きたい、こうありたいものがあるから、
そこに葛藤や苦悩が生まれるのではないのか。

それでも、わからない、みつからないというのなら、
うすうずして居ても立っても居られない衝動を
「 待つ 」ことも必要じゃ。

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テーマの著者 Anders Norén